■流れ出したら大変だった

さて、前回は実際に流れ出す前、流体の説明だけで終わってしまいましたが、
今回からはいよいよ実際の運動、すなわち流体が流れ出した後を考えます。
流体力学ですからね(笑)。

でもって液体や気体が流れ出した後の運動を考える場合、
以下の三点が問題となって来ます。

■圧縮性

■粘度

■摩擦力


これらを順番に見て置きましょう。

まずは圧縮性。
タイヤのチューブに空気を入れる事を考えれば判ると思いますが、
固体に比べて流体は大幅に圧縮が効きます。
水などの液体は気体ほど圧縮は利きませんが、それでも固体にくれべれば縮みます。
流体はギューっと詰め込む事ができ、それにより一気に体積が小さくなって密度が上がるのです。

でもって流体力学においては質量の代わりに密度を用いるため、
これは大きな問題となって来ます。
ただし意図的に圧縮をかけない、通常の流れの場合なら、幸いにしてほぼ無視できます。
液体の場合はそれほど大きく圧縮は利きませんし、
空気なども秒速100m前後、すなわち時速360qくらいまでの
流れなら圧縮性の問題は出て来ません。

つまりレーシングカーを含めた自動車くらいまでなら考えなくていいのですが、
当サイトで扱う航空機、特にジェット機だと、時速1000q以上とかの世界なので、
圧縮の影響は完全には無視できません。
まあ、それでも流速が音速を越えない、つまり衝撃波を生じない限りは、
“大筋において”圧縮性は無視しても、大きな問題にはならないでしょう。
なので、流体力学の基礎、を名乗る当記事においては、基本的に無視します、はい。

次は粘度で、これは「ねばり具合」の事です。
空気よりも水が、水よりも油が、それぞれ粘度が高い、という事になります。
これは周囲の流体との結びつきの強さ、と考えてもらえればいいでしょう。

直線の流れで考えた場合、壁際などで静止してる部分は流れてる部分に対し、
粘性によって逆方向の力を与えてる形になり(この力を「せん断力」と呼ぶ)、
粘性は抵抗力となる、と見なす事もできます。

といっても通常、粘度が低めの空気に関しては、よほど複雑な動きを考えない限り、
その影響は小さいもので、基本的には無視して構いません。
ただし航空機の場合、特に高速で飛ぶ機体の場合はこれまたそうも言ってられず(涙)、
主翼表面の空気の流れ、さらには空気取り入れ口周辺の空気の流れも
この粘度の影響を受けます。

最後は摩擦力です。
これは流体に限らず存在する力ですが、流体の場合、その影響がちょっと固体と異なります。
例えば固体の氷の塊を床の上で滑らせる場合、摩擦力によってやがて全体が停止します。
ところが液体の水をパイプに流し込んだ場合は、摩擦はパイプ表面部分の水にのみ働き、
それ以外の部分は摩擦力を受けません。つまり流れ全体が摩擦力の影響を受けるわけでは無いのです。

だったらパイプ表面部分以外は摩擦を無視できるのか、というとそうは行かず、
先に見た粘度のため、周囲の水は、この摩擦で止まってる部分の水に逆方向に引っ張られます。
つまり、摩擦を受けて止まってる層から抵抗力を受けるのです。図にするとこんな感じですね。



一番下がパイプなどの壁で、そこに接触する水の極薄い層が摩擦力によって静止している層です。
これは文字通り静止で、速度は0となってます。
その上に、その静止した層の粘度によって引きずられ、速度が落ちた層が存在します。
その減速した層の上に、摩擦の影響を一切受けない、通常流れの層があるわけです。

この壁の表面で静止してる層と、粘性によってそれに引きづられて減速してる二つの層を、
併せて「境界層」と呼び、摩擦と粘性の影響を受けない、その上の通常の流れとは区別します。
この境界層は高速で飛ぶ航空機の表面、
とくに主翼周りや空気取り入れ口を考える場合、極めて重要になって来ます。

境界層では上に行くほど速度が速くなり、最後は通常流れになる、と考えてください。
このように粘性によって、速度0の層に全体の流れが引っ張られて速度が落ちるのが
流体における「摩擦抵抗」であり、固体の摩擦抵抗とはかなり違うのに注意してください。

さらに実際は各速度層の境界は図のようにキレイに分離してるわけでは無く、
粘性によって高速部が低速部に引きずられる形で減速するため
流れの乱れを伴ってこの辺りは交わる事になります。
この影響が強くなると乱流と呼ばれる流れに繋がるのですが、それはまた次回。

ちなみに壁の表面の層の水は速度0でも永久にそこに貼りついてるわけでは無く、
この乱れによって、徐々に上の層へと取り込まれて流れ去る形になります。

境界層は粘度の低い空気ではかなり薄く、ジェット旅客機が時速1000qで飛んでいる時でも、
主翼上面に出来る境界層はせいぜい数pとされています。
が、逆に言えば、わずか数cmの層を挟んで、時速0qから1000qに流れが変化するわけで、
この間のエネルギーの変異は凄まじいものとなるわけです。
そして流体力学ではエネルギーと力の大きさは等価ですから、さらに話は面倒になってきます。

なので最終的にはこの面倒な境界層の問題を避けて通る事は出来ないのですが、
(特に主翼は層流翼を始め、この問題が山積みとなる)
それでも世の中にある大抵の流体の現象では、これをほぼ無視できます。
このため考えられたのが粘性も摩擦も無視できる「完全流体」という仮想流体です。
話は簡単な方が説明する方も楽ですから(笑)、まずはそこから見て行きましょう。

が、その前にちょっと脱線。
粘度が低い空気でも高速で動く場合、
無視できない規模の境界層が発生する、というのは既に説明しました。
先に書いたように、せいぜい数cmなのですが機体表面の流速が
通常の流速に比べて、極めて遅くなってる、というのは事実です。

このため高速で飛行する航空機では、これが無視できません。
空気取り入れ口などを、この境界層の中に開けてしまうと、流速が低い分、
その流入効率が低くなり、空気を取り込むのに都合が悪くなります。

なので、これを避けるため、時速400q前後を超えて飛ぶ航空機の空気取り入れ口は、
機体表面の境界層を避けるように設置されます。



P-51ムスタングのラジエター&オイルクーラーの空気取り入れ口は機体表面から離れるように、
少し持ち上げられた場所に置かれています。
これは胴体表面の気流に生じる境界層を避けるための工夫です。

ちなみにA型までとD型以降では、後者の方がより大きな間隔が開けられてます。
B型以降は実験によってその位置を決めたのですが、
おそらく境界層だけでなく、胴体下の長い距離を移動して来た気流が
乱流になった部分も避けていたと思われます。
乱流については、また次回。



ただし機首真下(そしてプロペラ直後)でほとんど境界層の影響を受けない位置にある
エンジン(過給機)の空気取り入れ口はそういった工夫が不要で、
このため普通に機体表面と連続する形で開いてます。



ちなみにムスタングより設計が古いスピットファイアはこの辺りがちょっと微妙で、
MK.IX(9)以降の機体だと、防塵フィルター入りのエンジン(過給機)空気取り入れ口は
機体表面から少し離れた位置にあるんですが、主翼下のラジエターとオイルクーラーの
空気取り入れ口は主翼に貼りつく形になってます。
実はドイツのMe109も同じ構造なので、エンジン(過給機)空気取り入れ口の方が、
より空気の流量にシビアだったのかも知れません。

まあ、本来なら、ラジエターなども境界層の外に出した方が良く、
スピットのラジエター開口部がやけにデカいのは、その影響かもしれません。



ちなみに、この点は現在のジェット戦闘機でも同じで、
キチンと胴体から数cm以上離れた位置に置かれています。

写真はF-16のもので、赤いカバーが掛けられているのが空気取り入れ口。



より新しい世代のユーロファイター タイフーンなどでは、
もうちょっと複雑な構造になってはいますが、基本的な考え方は一緒で、
これも機体表面から離れた位置に空気取り入れ口があります。


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